糸島市や糟屋郡篠栗町など福岡各地からも買取
今年もスタートして店頭買取や出張買取が続いております。
主にロックが多く、福岡市西区、福岡市早良区、福岡市南区、糸島市、糟屋郡篠栗町とレコードやCDを買取してます。
そこでロックと言えば…やっぱりエルヴィス・プレスリーです。
今年は「エルヴィス・プレスリー講座」をやる予定なので、改めてサン時代から聴き始めました。
エルヴィス・プレスリーを語る時、どうしても「サン時代=革命」という話になる。
それは歴史的事実として間違いない。
でも僕は最初からサンで入った人間じゃない。
エルヴィスを好きになった入口は、もっと後の“完成形”だった。
『The Wonder of You』
『Love Me Tender』
『Suspicious Minds』
『Patch It Up』
声の太さ、間、盛り上げ、そして黒さ。
僕はそこからエルヴィスに入った。
RCA初期のバランス感
RCA初期のエルヴィスは、とにかくバランスがいい。
サンの荒さも残ってる。
でも音が太くなって、歌が前に出てくる。
「サンが本物で、RCAは商品」みたいな単純な話にしたくないのは、この時期を聴くとよく分かる。
むしろRCA初期は、エルヴィスの魅力がいちばん“ちょうどいい温度”で出ている。
さらに言えば、エド・サリヴァン・ショーやライヴの映像は、そのバランスがもっと良い。
『Hound Dog』で足を組んで適当に歌う瞬間。
あれは手抜きじゃない。
余裕と間で客を転がす、R&Bのスターの仕草だ。
サン時代を聴き込んで分かる“黒さ”の正体
最近、サン時代のテイク違い、ボツ録音、別編集を集中的に聴いている。
そこで印象が変わった。
サン時代を聴いていて面白いのは、黒さが「見せ場」として存在しないことだ。
例えば後年のソウルの名盤みたいに
“ここが黒い!”
みたいな決めのポイントが明確じゃない。
サンの黒さはもっと厄介で、もっと生々しい。
語尾の崩れ方
言葉の置き方
テンポの中でのタメ
一瞬だけ出るシャウトの粘り
こういう「歌の端っこ」に滲む。
荒い曲でテンションが上がると、エルヴィスは歌い方が一瞬“雑”になる。
だけど、その雑さが
白人カントリーの雑さじゃなくて
R&Bの荒さみたいに聴こえる瞬間がある。
ここがたまらない。
ブルースはエルヴィスの全歴史に流れている
ブルースって、形式の話じゃない。
12小節とか、ブルーススケールとか、それ以前の問題で、
もっと根っこの「体温」のことだと思う。
声が揺れる場所。
語尾の湿り気。
言葉の置き方の色気。
ほんの一瞬、歌が“喋り”になる瞬間。
そしてそれは、サン時代だけの話じゃない。
ブルースはエルヴィス・プレスリーの全歴史に流れている。
サンの荒々しいロカビリーにも、RCA初期のバランスにも、
オンステージ期の完成された歌にも、
必ずどこかに“黒さ”が滲んでいる。
中村とうようの言葉が刺さる
音楽評論家・中村とうようは、著書の中でこういう趣旨のことを言っている。
「エルヴィスは、ティンパンアレイが作れなかった音楽を作った」
これ、すごく本質だと思う。
ティンパンアレイ的な「上手い歌」「正しい歌」「整った歌」では作れない。
もっと身体的で、もっと危険で、もっと生々しい音楽。
それをエルヴィスは、意識して作ったというより
自然に歌ってしまった。
そこが革命だった。
反逆と音楽は別
ただしエルヴィスの根っこは、フランク・シナトラを愛する純真なアメリカ白人だと思う。
“反逆の象徴”としてのイメージは、初期のリーゼントとピンクのシャツを脱ぎ捨てた時点で終わった。
反逆と音楽は別だ。
結局、サンかRCAか
サンは過激でインディで、危険な混ざり方をしている。
RCAはメジャー化で、より大きく広い音楽になっていく。
どっちが上じゃない。どっちも必要だ。
僕はR&Bが好きだから完成形のエルヴィスが好きだし、
でもサンのロカビリーを聴き込むほど、そこにブルースが滲んでいるのも分かってきた。
エルヴィスは白人の姿で世に出たけど、歌の芯はブルースだった。
だからこそ、あれは音楽史の事件になった。
店主あとがき(Assemblage)
当店でもエルヴィスはいつでも買取歓迎です。
サンの原液も、RCA初期のバランスも、オンステージの完成も。
エルヴィスは「どこが好きか」で、その人の音楽観が出るのが面白いです。
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