近田春夫の言葉で気づいたこと
近田春夫氏の書籍を読んでたら「OMB(LUNASUNの相棒)なんてロック通ってないよね」。
ここ最近、福岡の片隅の当店でもクラブ・ミュージックやヒップホップ/R&Bのレコードの買取があると、明らかにSNSでの反応が違いますし、来店が増えます。
このようにレコード店をやっていると、音楽の聴かれ方が時代ごとに変わってきたことを実感します。
自分の出発点は90年代初期のクラブ文化でした。ヒップホップやDJ文化、サンプリングからファンクやジャズへと広がり、同時に音楽評論や渋谷系、ナイアガラ周辺のポップスなど、ジャンルを越えて音楽を掘ってきました。もともと「昔のロックだけを聴いてきた人間」ではなく、むしろ新しい動きに惹かれてきた側です。
それでも35年近く音楽と向き合う中で、音楽は「要素や部品」だけでは語れないという感覚が強くなってきました。
ロックからクラブへ
20世紀後半の中心にはロックがありました。エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、ローリング・ストーンズ。そこにはアーティストの存在そのものが時代を動かすという物語があり、「この人が世界を変えた」という熱狂がありました。
一方で90年代以降は、DJ、サンプリング、リミックス、ビートといったクラブ的な価値観が中心になり、「誰が歌うか」よりも「どんなグルーヴか」「どんな音の質感か」が重視されるようになりました。これは音楽表現の大きな進化であり、現在の音楽の基盤にもなっています。
部品化では見えないもの
現代の音楽では、過去の音源を素材として再構築することが一般的です。ファンクのドラムブレイク、ジャズのホーン、ソウルの歌声などが切り出され、新しい作品へと組み直されていく。
この手法自体は非常に豊かな文化ですが、その一方で見落とされがちなものがあります。それは「なぜその音が生まれた時、人々は熱狂したのか」という背景です。
ジェームス・ブラウンの凄さも単なるリズムの革新ではなく、叫びや身体性、ステージの爆発力といった人間そのもののエネルギーにあります。音楽は要素の集合ではなく、生きた人間の痕跡でもあります。
ルーツを辿ることへの違和感
正直に言えば、ロックを入口にブラックミュージックのルーツを遡る聴き方は、今では少し古いのではないかと感じた瞬間もありました。現在はクラブ文化を起点に、ファンクやジャズ、電子音楽へと広がる聴き方も一般的です。
その中で自分はエルヴィスやビートルズ、さらにブルースやルイ・アームストロングへと戻っていきました。その流れを「古いのではないか」と感じたこともあります。
それでも残る熱
しかし改めて考えると、重要なのは「クールかどうか」ではありません。
エルヴィスは単なるロックンロールの要素ではなく、登場そのものが社会的衝撃でした。ビートルズも同様に、音楽的技術を超えて世界中の若者を同時に熱狂させた存在です。
そこにあるのは理論ではなく、現象としての熱です。
クールさでは測れない価値
クラブ文化や現代的な音楽表現を否定するつもりはありません。近年の大傑作だったビヨンセの作品やドレイクのアルバムのように、ポップスとクラブ、R&Bとヒップホップが高度に融合した作品群、オルタナR&B(SZAやギヴィオン、マライア・ザ・サイエンティスト等)、DTMによる音作り、マイルス・デイヴィスの緊張感、ボサノヴァの美しさなど、どれも現在の音楽に不可欠です。
ただ、「クールさ」という基準だけで音楽を見てしまうと、ブルースの叫びやロックンロールの衝撃、ビートルズの革命といった「人を動かした瞬間」が抜け落ちてしまいます。
ルーツ音楽を残す意味
レコード店で日々レコードに触れていると、それは単なる商品ではなく、その時代の感情の記録だと感じます。ブルース、ジャズ、R&B、ロックンロール~それぞれが誰かの声を残そうとして生まれた音楽です。
クラブ文化から音楽に入り、さまざまなジャンルを経てエルヴィスへ戻ってきた今、それは過去への回帰ではなく、「音楽が人を動かす力」の源流を見直す行為だったのだと思います。
時代が変わっても、音楽の本質は新しさだけではなく、人間がそこに込めた熱にあるのではないでしょうか。
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