福岡市早良区、福岡市中央区でレコードCD買取
最近の買取の話。
福岡市早良区から2件のレコードやCDの持ち込み買取、そして福岡市中央区への出張買取に。
買い取らせていただいた盤を眺めていると、最近の買取の面白い傾向がよく見えてくる。古いロック、ソウル、シティポップに混じって、現代のクラブミュージックやヒップホップが自然な顔をして一緒に並んでいるのだ。
この「新旧が当たり前に混ざり合う棚」を眺めているうちに、ふと今の日本の音楽のあり方について考えさせられた。
そんな流れで、あらためて日本の現代音楽を聴き直している。
Nujabes、STUTS、EVISBEATS、Suchmos
海外のヒップホップやR&Bとあわせて聴いていると、今の時代の音楽がどんな空気感を纏っているのかが、少しずつ見えてくる。
STUTSの音を聴いていてまず感じるのは、極めて上質な「空間の補完」だ。
ジャズ、ヒップホップ、アンビエント、クラブミュージック。多様な要素が混ざり合いながらも、主張しすぎることなく絶妙なバランスで溶け合っている。夜の街角や、店内で流れる空気、あるいは酒を傾ける時間にしっくりと馴染む。音楽そのものが前面に出て主張するのではなく、その場に心地よいグラデーションを生み出してくれるのだ。
ファッションやカフェ、古着、デザインといったカルチャーを自然体で横断する感覚。ジャンルで区切るのではなく、生活の背景として音楽を愉しむ。その空気感は、間違いなく「今」という時代を正確に捉えている。
ただ、その心地よさを感じつつも、自分の中にどこか不思議な距離感があることにも気づく。
「たしかに心地いい。けれど、自分が根底で求めてきた音楽の衝動とは少し質が違うのかもしれない」と。
たとえば、エディ・コクランの音を聴いた瞬間に身体ごと持っていかれるような力技や、マーヴィン・ゲイの歌声に宿る単なるムードにとどまらない人間そのものの熱量。そうした生々しさとは対照的に、STUTSの音楽は、かつてのR&Bやジャズが持っていた「空気感」や「質感」を現代的に洗練させ、見事に抽出しているように見える。
「はっぴいえんど」が再評価される理由
そして興味深いのは、聴き進めるうちに「この洗練された空気も、また別の気持ちよさがある」と素直に受け入れられる点だ。
同時に、この感覚は自分自身の長年の音楽的嗜好の根っこを再確認させてくれた。
日本語のヒップホップやシティポップ、現代のバンドサウンドを聴くとき、どこか「日本人が日本語で都市的な洗練を試みている」構図に対して、少し気恥ずかしさを覚えてしまう自分がいる。くるりの持つ叙情性や、さらに遡ってはっぴいえんどが提示した世界観に対しても、どこか一歩引いた視点で見つめてしまうところがあった。
自分はどうやら、日本語の文学性や都市的な美意識よりも、音そのものが持つ身体性や生々しさ、あるいは少し危うげな衝動に強く惹かれてしまうタイプらしい。そう考えると、昔から惹かれていたのが「はっぴいえんどの洗練」ではなく、「内田裕也の持つ野性味やストレートな衝動」だったことにも合点がいく。
しかし、これは決してどちらが優れているかという話ではない。
むしろ、現在のSTUTSやEVISBEATS、ceroといった音楽の持つ「空気の洗練」を体感したからこそ、なぜ今なお、はっぴいえんどが日本音楽史の金字塔として評価され続けているのかが、腑に落ちたのだ。
洋楽的なロックの構造に日本語の歌詞を載せ、都市的な感覚と高度なアレンジで仕立て上げる。その美意識の系譜は、後の日本のポップスやロックに受け継がれ、形を変えながら現代のビートミュージックやチルアウトな空間演出へと美しく繋がっている。
まさか現代の日本音楽論が、はっぴいえんどvs内田裕也の日本語ロック論争に繋がるとは思わなかった(笑)
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