ホットな気持ちにクールな状況だからJB
今日は4月9日である。
3月末から4月初めは引っ越しシーズンであり、レコードやCDの買取も多いだろうと思われるが、実は静かなもんで、レコードやCDを吟味する暇もなく、転勤、就職、入学、引っ越しの後片付けで、趣味・趣向品は後回し、とりあえず生活必需品が大切なのだ。
だから、店ものんびりしたもので、こういうブログを書くことにした。
店ののんびりは、レコードやCDの買取が少ないということで、気持ちは焦っているので、サウンドはクール、歌声はホットなジェームス・ブラウンの心境である。
JB論:第一発目
「JBの音楽とは、タメを分解し、圧縮して、1拍目に叩きつける音楽である」
なぜ、私はこれほどまでに彼らに惹かれるのか。
それは「最初に言いたいことを言う」「一発目で決める」という彼の表現構造が、
私自身の生き方や美学と深く共鳴しているからに他ならない。
私は普段から、主語を省いていきなり結論を言ってしまう。自分の頭の中では既にプロセスが完結しているため、そこに至るまでの過程を説明するのが面倒なのだ。そのせいで時折、周囲とのコミュニケーションに失敗することもある。
ゴスペル~JBとエルヴィスの共通点
先日、心血を注いだ「エルヴィス・プレスリー講座」を終えた。
ずっと気になっていたのは「ゴスペル」を語らなかったこと。
エルヴィスとJB、この二人の表現を聴いていると、
その「一撃」に至るまでの膨大な仮定が、既に彼らの身体中でうごめいているのが分かる。
要するに、喧嘩でパッと一発目の手が出る感じ。
これぞ痛快。これこそがロックだし、リズム&ブルースなんだ。
私は、そんな彼らの圧倒的な本能に平伏している。
エルヴィスが静かなバラードから一気に感情を昂ぶらせ、
巨大なうねりを作っていくあの盛り上がり。
「これ、JBと一緒でゴスペルじゃん!」
そう気づいた時、エルヴィスの「情熱の爆発」と、
JBが『Licking Stick』で示した「極限まで圧縮されたリズムの点」が、私の中で一つに繋がった。
先月「エルヴィス・プレスリー講座」で精根尽き果て、
放心状態でいた私の耳に飛び込んできたのは、ジェームス・ブラウンの音だった。
その瞬間、直感した。「エルヴィスと同じ匂いがする」と。
一見、対極に位置するように見える二人だが、
そのルーツを辿れば、奇しくも一人の男に行き着く。ルイ・ジョーダンだ。
ジョーダンこそはロックンロール誕生において決定的な役割を担った男。
彼が持っていた「タメ」を、ロックンロールは削ぎ落として前に転がした。
対してJBは、その「タメ」を維持したまま分解・圧縮し、1拍目に叩きつけた。
エルヴィスのバラードが持つ、静寂から一転して天へと突き抜けるような、
あの急激な感情の落下速度。
JBのリズムが持つ、一瞬で空気を支配し、一点へ叩き落とされるような衝撃。
ジャンルは違えど、二人に流れているのは「最初の一撃」にすべてを懸けるという、潔いまでの表現の美学——すなわち、魂を剥き出しにするゴスペルの精神だ。
「静」から「動」へ、あるいは「動」から「静」へ。
中間を許さない、あの垂直な急流。
放心していた私の魂を再び揺さぶったのは、JBという名の新たな「激流」だった。
巨大な山脈から流れるJBという「激流」に挑む
ちなみにジェームス・ブラウンは、エルヴィス・プレスリーに深く共感してたJBはお忍びで葬式に行きエルヴィスの遺体を触り、涙し、自分の出口がエルヴィスと同じく死だと思い込んでいた。息子の死、離婚、移籍したポリドールのビジネスライクなスタイル、これが1970年代後半以降のJBの不調に繋がる。
エルヴィスという巨大な山脈を越えた今、私は一聴すると単純なサウンドだけど深すぎる更に高い山の麓に立った。登頂出来るか遭難するかは分からないが、麓に立った心意気を買ってほしい。心強いのは購入したオリジナル・アルバム18枚とJB自叙伝「俺がJBだ!」この地図と用具の準備が今目の前に揃っている。
福岡のレコード・CD買取致します
国内盤、輸入盤問わず、ジャズ、ロック、ソウル、ブルース、R&B、ワールド・ミュージック、日本の音楽などのレコード、CD、買取、出張買取、店頭(持ち込み買取)、宅配買取致します。
福岡県福岡市の中古レコード屋・中古CD屋アッサンブラージュ。





