エルヴィス・プレスリー講座からのJB
先日、福岡市早良区で行ったエルヴィス・プレスリー講座が終わり、
次にハマるミュージシャンがいないかと探していた。
福岡市城南区、福岡市早良区、福岡市西区、これらの地域から買取したレコードやCDの中に、
リズムと声の素晴らしさをエルヴィス並に感じるミュージシャンがいた。
ジェームス・ブラウンとエルヴィス・プレスリー
JBことジェームス・ブラウン。
彼のファンク時代の全盛期、1967年から1972年まで、
CDを12枚まとめて聴いていて、ふと思った。
エルヴィス・プレスリーとJBは、どこか共鳴するものがある。
アクション、パワー、リズム——彼はまさに「黒いエルヴィス」だ。
この二人に共通しているのは、ホットとクールが同時に成立しているということ。
燃え上がりながら客を見ている。
絶頂の瞬間に次の一手を計算している。
感情が爆発しているのに、ステージ全体を把握している。
これはほぼ異常な能力で、ショーマンとしてこの二人は別格だと思う。
エルヴィス、JB共に「現場を支配する」ショーマン。
どちらも「本気なのか演技なのかわからない」
そこが最大の魅力で、おそらく本人たちも分かっていなかったと思う。
JBからのマイケル・ジャクソン
ではマイケル・ジャクソンはどうか。
スマートでいて美しい。
それがマイケルの魅力でもあるけれど、エルヴィスやJBにある「今夜何が起きるかわからない」というギリギリ感がない。
エルヴィスには肉体の重力がある。JBは筋肉と汗、獣に近い。マイケルは重力を無効化する。
美しいけど、触れたら消えそうだ。
マイケル・ジャクソンに0点を付けた中村とうよう
かつて音楽評論家の中村とうようはマイケルのレコードに0点を付けた。
JBとマイケルを比較して、今日腑に落ちた。
とうようは音楽を「人間の生の痕跡」として聴いていた人だ。
泥、汗、怒り、性、貧困…そういうものが刻まれているかどうかが彼の基準だった。
マイケルのレコードはあまりにも完璧に磨き上げられていて、その痕跡がゼロに見えた。
さらに深く言えば、黒人音楽がずっと外部から収奪されてきた歴史の中で、
マイケルは黒人自身の手で自分の文化を商品化・漂白した。
とうようにはそれが、「文化の自発的な消滅させた男」に見えたのだ。
3者を辿ると20世紀ポピュラー音楽の核心が見える?
僕はこう思う。
マイケルはJBが発明したファンクのリズム構造、エルヴィスが体現したショーマンシップを人種を問わず「誰でも入れる言語」に翻訳した。
土着を削ぎ落としたのではなく、土着を普遍に変換した。
黒人音楽のグルーヴ、オフビートの気持ちよさ、
マイケル以降、世界中の人間がそれをポップスとして無意識に体に入れた。
偉大なアイコンだと思う。
そして面白いのは、マイケルの死後、とうようが彼のリズム感を褒めていたことだ。
商業システムへの怒りで0点を付けたが、音楽家として純粋に見直した。
身体だけは嘘をつかなかったと認めた。
0点をつけた相手を死後に褒める、それがとうようという批評家の誠実さだった。
エルヴィスが扉を開け、JBが構造を作り、マイケルが世界に配信した。
レコードやCDを日々、買取しながら、査定しながら、再生チェックしながら、販売しながら、
福岡市の片隅から、いつも、そのようなことばかり考えている(笑)
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