汗だくのレコード査定の中、心地よく響いたソウル
福岡でレコード買取の店を営んで21年になる。6月もビートルズのレコードBOXが別種で2つ入ってきたりと、福岡市西区の当店は買取査定でバタバタ。そんな中たまたま流したジョニー・テイラーのCD。これを聞いて、ずっと言葉にできなかったことが見つかった。九鬼周造の「いき」という概念に出会ったのだ。ようやく言語化できた気がした。
粋というレンズで音楽を見る~黒人音楽を貫く気配
ジョニー・テイラーを聴いていると、いつも不思議な感覚に陥る。
「上手い」という言葉では足りない。「ソウルフル」という言葉でも何かがずれる。あの声には、もっと別の何かがある。距離感、とでも言うか。聴き手に近づきすぎず、かといって遠くもない。熱を押しつけてこない。なのに、気づいたら体に入ってきている。
オーティス・レディングが「熱」だとしたら、ジョニー・テイラーは「粋」だ。
これは優劣ではない。オーティスの絶叫と嘆願には、それ自体の完璧な世界がある。しかしジョニー・テイラーの場合、声と聴き手の間に必ず「間」がある。その間が色気になっている。
一枚のCDから始まった
今、手元にソウル・チルドレンの『クロニクル』がある。1972年のスタックス録音だ。
4曲目「ザ・スウィーター・ヒー・イズ」、6分18秒。プロデュースはアイザック・ヘイズとデヴィッド・ポーター。ドラムはおそらくアル・ジャクソン・ジュニア、ギターはスティーヴ・クロッパー。
さらに6曲目「ヒアセイ」が面白い。アップテンポで、ディスコの後ノリのリズムなのに、クロッパーのリフは前のめりでリズミカル。リズム隊が前に突っ込むのに、全体としてはどこかデトロイトの匂いがする。メンフィスのじっとりした熱気ではなく、もう少し乾いて都市的な風が吹いている。
スタックスの録音なのに、なぜデトロイトを感じるのか。
それはこの時期、アイザック・ヘイズ自身がどんどんデトロイト的な都市サウンドへと向かっていたからではないかと思う。その影響が自然にソウル・チルドレンのサウンドに滲み出ていた。1972年という時代、メンフィスとデトロイトの磁場はすでに接近しつつあった。
ドラマティックスのライヴ~70年代初頭の奇跡
昨日、ドラマティックスの未発表ライヴ音源を聴いた。1972〜73年のロサンゼルス公演を録音したもので、1988年になってようやくリリースされた音源だ。
これが凄い。
ドラマティックスはデトロイト出身のヴォーカルグループだが、スタックス/ヴォルトで録音し、プロデューサーのドン・デイヴィスがその橋渡しをした。だからデトロイトの都市感とメンフィスの泥が同居している。
このライヴ音源で特筆すべきは、コーラスグループがあれだけファンクの体温を出していることだ。通常、ヴォーカルグループはステージで整理されてしまう。ハーモニーを揃えようとすると、どうしても「泥」が薄れる。しかしドラマティックスはそうならない。
アレサ・フランクリンのような気高さはない。オーティス・レディングのような絶叫でもない。ただ、デトロイトのストリートが染み込んだ体の重さとでも言うか——上にも行かず、下にも崩れず、泥の中に立っている。
70年代初期のソウルグループのライヴ録音は希少だ。その時代に、コーラスグループがここまでファンクの質感を出した記録は、ほとんど残っていないと思う。評価されるべき名盤だ。
ジョニーテイラーとタイロンデイヴィス~型の伝播
話をジョニー・テイラーに戻す。
1968年、ジョニー・テイラーは「フーズ・メイキング・ラヴ」をスタックスからリリースして大ヒットを飛ばした。同じ年の11月、シカゴのデイカー・レコードからタイロン・デイヴィスが「キャン・アイ・チェンジ・マイ・マインド」をリリースする。
並べて聴くと、メロディの骨格がほぼ同じだ。テンポ感、サビへの上がり方、声の粘り方——ジョニー・テイラーがスタックスで当てた型を、タイロン・デイヴィスがシカゴで踏襲した。
これを「パクり」と言うのは簡単だが、当時のシカゴ・ソウルの現場では、成功した型を踏むことは普通に行われていた。プロデューサーやソングライターが同じ人脈を共有し、音の設計図が自然に伝播していく。
タイロン・デイヴィスのアレンジはウィリー・ヘンダーソンとジェイムズ・マック。ブランズウィックのシカゴ・スタジオでの録音で、エンジニアはブルース・スウェディン——後にクインシー・ジョーンズの専属エンジニアになる人物だ。
ジョニー・テイラーの声が「乾いた凄み」だとすれば、タイロン・デイヴィスの声は少し甘い。同じ型を使いながら、シカゴ流に都会的な翻訳が加わっている。
そしてどちらの声にも、「粋」の気配がある。熱唱系のオーティス・クレイとは根本的に違う。声で殴ってこない。距離を保ちながら、気づいたら体に入ってくる。
グラディス・ナイトの低音~デトロイトの体
グラディス・ナイトの「夜汽車よジョージアへ」を改めて聴いた。
録音はニュージャージーのヴェンチャー・スタジオ。プロデューサーはトニー・カミロ。ドラムはアンドリュー・スミス、ベースはボブ・バビット。
この二人がいい。
ボブ・バビットはモータウンの名手で、マーヴィン・ゲイの「インナー・シティ・ブルース」でも弾いている。しかし「夜汽車よ」の低音はそれ以上に前に出ている。ベースが主張しながら歌に絡みつく——モータウンのポップな整合感よりも、一段泥臭い質感がある。
アンドリュー・スミスのドラムも同様だ。ファンク・ブラザーズの正規メンバーではなく、その外縁にいた人。ノーマン・ホイットフィールドがテンプテーションズをサイケデリック・ファンク路線に振り切った70年代初頭の録音に参加していた。あの時代のモータウンの「泥臭い側」を知っている人間の体が、ニュージャージーのスタジオに持ち込まれた。
場所がニュージャージーでも、スミスとバビットの二人がデトロイトの血を持ち込んでいる。体に染み込んだグルーヴは、場所では消えない。
プロデューサーのカミロは、グラディス・ナイトのほかにスタイリスティックス、ミリー・ジャクソン、フレダ・ペイン、パーラメント(ジョージ・クリントン)も手がけている。節操なくジャンルをまたぎながら、しかしモータウンとホーランド=ドジャー=ホーランドの人脈という太い軸がある。デトロイトの血が根っこにある人だ。
ブルースにある三つの感覚
話を少し抽象的なところへ持っていく。
ブルースにはいつも三つの感覚があると思う。
媚態は、露骨なエロではなく、距離のある色気だ。近づきすぎない。しかし確実に引き寄せる。
意気地は、踏まれても立つ姿勢だ。嘆くが、倒れない。泣くが、折れない。
諦めは、世界を変えきれないことを知った上で鳴らす音だ。怒りではなく、受け入れた上での強さ。
この三つが同時に立ち上がるとき、ただの感情表現ではなく「粋」のようなものになる。
九鬼周造は『「いき」の構造』の中で、江戸の美意識として「いき」を解剖した。媚態、意気地、諦めという三つの要素が絡み合うことで生まれる独特の気配——それは江戸の遊郭文化から生まれたものだが、どこか黒人音楽の核にあるものと響き合う。
ジョニー・テイラーの声を聴きながら、九鬼の言葉を思う。あの声には媚態がある。意気地がある。そして深いところに諦めがある。それが混ざり合って、「粋」になっている。
これは理論ではなく、音の気配だ。
ファンクはそれを拡張した
この感覚が最も極端に拡張されたのが、Pファンクだと思う。
Pファンクの「媚態」はディスコ・チークのエロティズムとして現れた。「意気地」はブルースのフィーリングとして残り続けた。そして「諦め」は——ブルースのままでは生きていけない、だからSFとグロテスクの世界に住むしかない、という商売としての必然だった。
この三つが外から組み合わされたのではなく、内側から絡み合って生まれたのがPファンクという現象だ。「チョコレート・シティ」を聴くと特にそれを感じる。SFに行く前のジョージ・クリントンには、まだデトロイト・ソウルの体温が剥き出しになっている。それはドン・デイヴィスと同じユナイテッド・サウンド・スタジオを共有していた時代の残り香でもある。その地続きの場所から、やがてグロテスクな宇宙へと向かっていく——その必然の交差点で、ジョージ・クリントン、ブーツィー・コリンズ、バーニー・ウォーレルそれぞれの音が鳴っていた。そしてその絡み合いの中に、独特の「粋」が生じた。
デトロイト〜メンフィス〜シカゴという磁場
今日一日を通じて聴いた音楽を振り返ると、ある地図が浮かび上がってくる。
デトロイト、メンフィス、シカゴ~地理的には離れているのに、音の引力で繋がっている。
ドン・デイヴィスがデトロイトとスタックスの橋渡しをした。ドラマティックスがその上を渡った。タイロン・デイヴィスがシカゴでジョニー・テイラーの型を受け取った。アンドリュー・スミスがデトロイトの体をニュージャージーに持ち込み、グラディス・ナイトの「夜汽車よ」を支えた。
それぞれの場所で、それぞれの形で、同じ「粋」の気配が鳴っていた。
理論から辿ったのではない。耳で辿ったら、気づいたらここにいた。
最後に
「粋」は説明しすぎると消える。
ジョニー・テイラーが「粋」である理由を長々と語るより、ただ「フーズ・メイキング・ラヴ」をかけて、あの声の距離感を感じてもらうほうがいい。
しかしその気配に言葉を与えようとすることは、無駄ではないと思う。九鬼周造が江戸の「いき」を解剖したように、言葉によって見えてくるものがある。
ソウル、ブルース、ファンク——それらを貫く気配に、私は「粋」という言葉を当ててみたい。
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