福岡県那珂川市、福岡市早良区ロックレコード買取
最近ようやく、ロックのレコードの買取が増えてきました。
福岡県那珂川市からフランク・ザッパ、レッド・ツェペリン、ジミ・ヘンドリックス、ユーライア・ヒープ、UFOなどの60〜70年代ギター・ロックをメインに200枚ほどのレコード出張買取、福岡市早良区からキング・クリムゾンやピンク・フロイド、レッド・ツェペリン、オジー・オズボーンなどのハード・ロック/ヘヴィ・メタルのレコード、それからその時代の60、70年代のロックが毎日のように持ち込み買取が続いております。
今日5月15日金曜日は定休日で、僕の最も好きなジョン・レノンとオノ・ヨーコのニューヨーク・ライヴと、エルヴィス・プレスリーをバズ・ラーマンが手がけたライヴ映画「EPiC」をIMAXで、豪華2本を福岡県大野城市と粕屋町をはしごして劇場で鑑賞する最高にロックな一日を過ごします。
そこで今回はそのロック、そしてロックの代名詞となったギターをメインにしたロックの元祖とも言うべきヤードバーズについて考察してみました。
ヤードバーズをブルースの文脈で捉える
ヤードバーズというバンドを、どこから聴くかによって全く違う顔が見える。
ビートルズの同時代のバンドとして聴く人もいる。ガレージロックの元祖として聴く人もいる。あるいはエリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジという三人のギタリストを輩出した「伝説のバンド」として知っている人も多い。
だが、ブルースという文脈でヤードバーズを聴いたとき、このバンドの本当の姿が初めて見えてくる。
エルヴィスを飛び越えて、ブルースと直取引した
1960年代初頭、ブリティッシュ・インベイジョンの波に乗ったほとんどのイギリスのバンドは、エルヴィス・プレスリーを経由してアメリカの黒人音楽に出会っていた。ビートルズもストーンズも、エルヴィスへの憧れがロックへの入口だった。
ヤードバーズは違った。
彼らはエルヴィスというフィルターを通さずに、ジミー・リードやマディ・ウォーターズといったブルースの原産地と直接繋がろうとした。ロンドンのクローダディ・クラブで毎週ブルースを演奏し、サニーボーイ・ウィリアムソンとの共演も果たしている。サニーボーイは後に「あの下手なバンドとやった」と言ったという。1964年のことだ。
「下手なバンド」という評価は正しいかもしれない。だがロンドンの若者が、レコードと現地ミュージシャンとの直接接触だけで、あそこまでブルースに肉薄しようとしていたこと自体が驚異的だった。
三人のギタリストが見せた、ブルースの三つの解釈
ヤードバーズの音楽史的な唯一性は、クラプトン・ベック・ペイジという三人が同じバンドの文脈で比較できるという点にある。同じブルースという土台から出発しながら、三人がそれぞれ全く異なる方向に変容していった。
クラプトンはブルースに忠実であろうとした人だった。マディ・ウォーターズやロバート・ジョンソンを研究し、正確に再現しようとした。だからFor Your Loveの商業路線に乗れずヤードバーズを去り、ジョン・メイオールのブルースブレイカーズへと向かった。ブルースへの忠誠心が、バンドを離れさせた。
ベックはブルースを理解した上で、そこから先に向かった人だった。Evil Hearted YouやYou’re a Better Man Than Iを聴けばわかる。ソロではブルースの語法を完全に持ちながら、次の瞬間には1965年とは思えないフィードバックとノイズで全く別の次元に踏み込む。ブルースを引き出しの中に持ちながら、あえてその先に行き続けた。
ペイジはブルースに構築性を加えた人だった。リフの組み立て方、音の重ね方——そこにブルースの土台がありながら、それを素材として新しい構造を作ろうとしていた。
三人とも「ブルースのフリ」では断じてない。それは聴けばわかる。理解の仕方が違っても、耳に「本物だ」と届く何かがある。
ブルースマナーとしての「循環」暴れても必ず戻る
ヤードバーズを聴いていて気づくことがある。どれだけ激しく、ノイジーに展開しても、最後は必ず着地して終わるのだ。
ガレージロックには「崩して終わる」という美学がある。それはそれで一つの表現として成立している。だがヤードバーズは違う。暴れて、逸脱して、それでも必ず帰ってくる。
これはブルースの構造そのものだ。ブルースとは本質的に「行って戻る」音楽で、どれだけ感情が高ぶっても、最後は構造の中に収まる。フィードバックもノイズも、ブルースの文脈に乗れば音楽になる。ブルースの魂が乗っているから、音の塊でも訴えかけてくる。
ベックのギターがどれだけ1965年の常識を超えた音を出していても、「ブルース臭がする」と感じるのはそのためだ。黒人ブルースマンが体から直接出していたものを、ロンドンの若者は楽器に転写しようとした。声で呻く代わりにギターを歪ませ、体で揺れる代わりにベンドで揺らした。キース・レルフのハーモニカもそうだ。技術的に洗練されているわけではないが、あの吹き方には体ごとぶつかっていく感触がある。媒体は違っても、その衝動の出所は同じだ。
ストロール・オン〜ツェッペリンより2年早い演奏
1966年、映画『欲望』の中でヤードバーズは演奏する。曲はStroll On。ベックとペイジのツインギターによるこの演奏が、後のレッド・ツェッペリンの原型と言われている。
だがStroll Onはツェッペリンの「予告編」ではない。それ自体として完結した、ツェッペリン結成より2年早い到達点だ。
ツェッペリンはペイジが完全にコントロールして構築していくバンドだった。だがStroll Onにはベックがいる。互いに制御不能な状態で火花を散らす二人のギタリストの緊張関係が、ある意味ツェッペリンより危ない音を生んでいる。
ペイジにとって、ベックと並んだこの時期が自分の限界を引き出された時間だったのではないか。ベックという存在があったからこそ、ペイジはツェッペリンという構築性に向かえた——そう聴こえる。
根っこがあるから、枯れない
クラプトンは70年代、461オーシャン・ブールバードの時期にレイドバックした南部のサウンドへと向かった。エルヴィスも70年代、テネシーの土着的なリラックス感を持った音楽をやっていた。
全く違うルートを辿った二人が、気づけば似た場所に辿り着いていた。どちらも南部という土壌を経由して、ポップスという大きな川に合流していた。
それは偶然ではないと思う。ブルースという根っこが深い音楽家は、どんな迂回をしても最後は人間の根っこに近い場所に着地する。
ヤードバーズが面白いのは、ブルースをブリティッシュ・インヴェイジョンに乗せたバンドだからだ。ポップの外皮、ガレージの荒々しさ——その器の中にブルースが入っている。クラプトンのブルースへの忠誠、ベックの逸脱と帰還、ペイジの構築——三者三様でありながら、全員その根を持っている。だから一聴しただけではブルースバンドに聴こえない。でも、そこに気づいた瞬間に全部が繋がる。
根っこがあるポップスは強い。根っこがあるロックは枯れない。
ヤードバーズというバンドは、その証明として音楽史の中に静かに立っている。
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